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呉木の社宅と子供たち 昭和34年(1959) 日和佐初太郎氏撮影 |
東平地区の社宅は、明治35年(1902)の第三通洞の開通により、徐々に建設されはじめました。 そして、明治38年(1905)〜明治39年(1906)にかけて完成したと言われています。 一本松(いっぽんまつ)、柳谷(やなぎだに)、唐谷(からたに)、第三(だいさん)、喜三谷(きそうだに)、東平(とうなる)、辷坂(すべりざか)、尾端(おばな)、呉木(くれき)の社宅がありました。 上記の写真は、呉木の社宅で子供たちが凧揚げを楽しんででいる様子です。 呉木の社宅は、段々畑のように建設され、夜見るとまるで高層アパートのように見えました。 写真上部の2階建ては、自彊舎(じきょうしゃ)、さらにその右上には小学校が見えます。 |
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東平地区集落別の福利厚生等の施設一覧表 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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大正10年11月9日現在 別子銅山記念館蔵 |
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東平でスキーブーム 昭和35年2月10日発行 別子ニュースより |
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東平で部落消防演習 昭和38年1月10日発行 別子ニュースより |
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